大判例

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名古屋高等裁判所 昭和30年(う)687号・昭30年(う)686号 判決

控訴趣意第一点(賍物運搬の公訴事実につき無罪の判決を言渡したのは、法令適用の誤りがあるか理由齟齬及び事実誤認ありとの論旨)について。

本件記録によれば、賍物運搬の公訴事実は、原審相被告人星野勇次郎と共犯として起訴され、その要旨は、稲垣卯一より同人が他より騙取し来つた煮干の輸送のため、貨物自動車一台の手配方を依頼されるや、被告人等は共謀の上、その煮干の賍物たる情を察知し乍らこれを承諾し、昭和二十九年十一月一日午後二時頃、津市大門町一、一〇八番地被告人星野方附近において、情を知らない自動車運転者逢坂清文に右煮干の輸送を依頼し、よつて同人をして同日より同月五日に至る間、右賍物たる煮干八百七十貫四百匁を三重県河芸郡高野尾村下り町一、一三一番地青木直一方より名古屋市迄次で同市でその中三十貫を降したゝめ残八百四十貫四百匁を同市より東京都迄、更に同都より横浜市迄、次に同市でその中四十五貫を降したゝめ残七百九十五貫四百匁を同市より岐阜市迄、更に同市でその中二百九貫を降したゝめ残五百八十六貫四百匁を同市より彦根市迄、次で同市でその中百七十六貫を降したゝめ残四百十貫四百匁を同市より京都市下京区朱雀分木町、京都魚市場株式会社迄、最後に同所で二百十貫を降したゝめ残二百貫四百匁を同所より同区七条通り坊城西入る八条観音寺町一番地株式会社天野商店迄、何れも接続して輸送せしめ、以て賍物の運搬を為したものである、と謂うのにある。これに対し、原審が、論旨摘録の理由で無罪の判決を言渡したことが明かである。

惟うに、賍物運搬の罪は、他人が不法に領得した物を、その情を知りながら、本犯の利益のために、これに協力して物の所在を移動するによつて成立し、通常本犯の意図する場所へ物の所在を移動するものである。事後従犯と別称せらるゝ所以こゝにありと解する。そうだとすれば、原判決が、被告人につき、賍物の知情を肯認し本犯の依頼によつて貨物自動車を手配し、賍物をこれに積載して、本犯と共に同乗して、三重県河芸郡高野尾村、青木直壱方より名古屋市を経て東京都に向う途中横浜市の交通検問所で下車する迄同行した事実を認定しながら、一転して、この事実関係から、本犯の初期の計画であり目的である本件賍物を東京都に運搬するについて、その用に供することを察知して自動車を依頼斡旋し、以て同人の賍物運搬を容易ならしめて幇助したものであると解し、本犯に賍物罪が成立せざる以上これを幇助した被告人に賍物運搬罪が成立しないと断じたのは理解に苦しむところである。

何となれば、原審の右認定事実が、とりもなおさず、被告人が本犯稲垣の利益のために、これに協力して賍物の所在を移動した所為であり、所論事後従犯たる本然の姿であること、前説示に照し明白だからである。

原判決の説示する、本犯の賍物運搬を容易ならしめて幇助した従犯である。というは、被告人が本犯の賍物運搬を援助したに止り、自らこれを運搬したものでないとの趣旨で、その理論は、次の事実に依頼するものかと、同判決理由から推測される。

即ち、

一、被告人は、本犯稲垣の依頼によつて、貨物自動車を斡旋したもので、賍物運搬そのものではなく、これが援助に止ると考えた点

二、稲垣の最初の計画であり、目的である東京都に輸送すべく賍物を移動した点

三、賍物を積載した貨物自動車に稲垣が自ら乗車し、その指示によつて運行された点

四、稲垣が乗車している以上賍物の占有が稲垣にあつて、被告人にないと解した点

五、被告人が、この貨物自動車に同乗した事情は、賍物運搬が目的でなく、稲垣に対する九万円の債権取立のためであると解釈した点

よつて、右の諸点を同判決摘録の証拠に基いて検討しよう。

一の点

稲垣が煮干を詐取した場合に東京都にこれを貨物自動車で輸送しようと考え、昭和二十九年十月二十六日午后十時頃配下の瀬川幸助をして、神戸市から電話で知人の津市の運転者逢坂清文に「乾物を積む用事があるから車を持つてすぐ神戸に来てくれ」と依頼せしめたが、逢坂は同年十月初頃稲垣、瀬川の依頼で大阪から津まで青鱈を運搬した運賃一万六千円の支払を受けていないので、神戸行きの依頼を拒絶したため、稲垣等は、本件煮干を詐取すると同時に神戸市三協運輸の貨物自動車で滋賀県北比佐郡石原村清水清方まで運搬し、同所で朝日野駅より貨車積として東京都に輸送せんとしたが変更し、同所で湖東陸運の貨物自動車を依頼し、津駅より貨車積で輸送する目的で津市に向う途中、貨車にて輸送するときは四、五日を要し、その間に被害者より手配せられ輸送の途中で賍物を取押えられる危険があることを感じ、再び変更して一応三重県河芸郡高野尾村下り町青木直壱方迄運搬して同所に荷を降した後、東京都へ輸送を継続するには更に貨物自動車を必要とするけれども、自らの手では貨物自動車を依頼することができなかつたので、電話で被告人に連絡し、此処まで来たが自動車が故障して動けないから津の鳥清(逢坂清文)の自動車を頼んで廻して貰い度い、君も一緒に来て貰い度いと依頼した。被告人はこの依頼に基き早速逢坂に電話で「高野尾村から名古屋まで行つて貰い度い、前の運賃も同時に支払うから」と依頼して、同人を応諾せしめ、本件の運送に当らしめた事実を認めることができる。従つて、被告人が逢坂に貨物自動車を依頼して応諾せしめたことが、本件賍物運搬について重要な役割を果したものである。若しこれなくば、稲垣は貨物自動車を依頼することが困難で、しばらくは高野尾村に留るを余儀なくされたであろうし、同町で被害者に賍物を取押えられたであろうことも想像に難くない。(十一月一日被告人が逢坂に車を依頼する前に被害者を神戸の警察から稲垣の名刺に記入してある星野勇次郎方の電話で荷物が到着したか否かの問合せがあり、津警察からもこれについて問合せがあつたのだから、被告人が誠実な人間なら稲垣の所在を警察なり被害者に連絡したであろうから。)

しかも、八百七十貫四百匁の煮干は、貨物自動車による以外遠く輸送する方法がないのだから、被告人が逢坂に貨物自動車を依頼しこれを応諾せしめた所為は、本件賍物運搬に必要不可欠のものであつて、単なる本犯の運搬を援助したに止るものではない。若し、それ賍物が軽少で、運搬が容易な場合であれば、右の如き事情があつても、本犯の運搬を援助したに止るものと見るべき事例があり得ようが、本件の如く貨物自動車による外輸送の方法がなく、しかも本犯たる稲垣には容易でなくて、被告人にして初めて、その貨物自動車を依頼し得る状況にあつた場合には、貨物自動車を依頼したことが、後記の事実と併せ考えると、自己の責任において賍物を運搬した場合と選ぶところなく、又そう見るのが事実に則した見方であると謂はねばならぬ。

二の点

賍物運搬が、本犯の所為のために、これに協力し、通常本犯の意図する場所へ移動するものであることは、前説示のとおりであるから、問題とするに足りない。

三の点

被告人が稲垣と共同して運搬したもので、たゞ本犯たる稲垣に賍物運搬罪を問擬し得ないのみで、これと協力して自己の責任において運搬した被告人の罪責には影響がないと解する。この点について、大阪高等裁判所昭和二十五年六月十三日言渡の判決を想起すべきである。

原判決援用の高松高等裁判所昭和二十六年四月十二日言渡の判決は、本犯に賍物罪が成立しないのだからこれと共謀の上賍物牙保をなしたとして刑法第六十条を適用したのは誤りである。という当然のことを判示したもので、本件の具体的事実には適切でない。

四の点

本犯稲垣が貨物自動車に乗車している以上、これに積載した賍物の占有が、稲垣にあることは当然であるが、それと同時に、これに同乗した被告人にも、その占有があると解すべきである。何となれば、被告人が依頼した貨物自動車でその運転手は自己の支配下にあるものというべく、従つて、何時でも輸送に協力することを中止し、載貨を降して貨物自動車を持ち帰る自由を有し、又自己の意思によつて行先の変更を命ずることも可能だからである。

五の点

被告人は、煮干を目的地に輸送し、これを売却して初めて債権を取立て得る事情であつたから、賍物の輸送が被告人の債権取立の為に不可欠であつた。

右の如く、以上の諸点を考察し、前示証拠と綜合するときは、本件起訴状記載のうち、被告人が賍物たることを知りながら昭和二十九年十一月一日稲垣の依頼によつて、情を知らない逢坂清文に対し、貨物自動車による輸送を依頼し、その承諾を得て、同日三重県河芸郡高野尾村青木直壱方において情を知らない逢坂清文の運転する貨物自動車に煮干八百七十貫四百匁を積載し、その後、途中、荷捌きしながら同所より名古屋市を経て、翌二日横浜市交通検問所で下車する迄運搬した点は、明らかに、賍物運搬に該当すると断ずるが相当である。即ち原判決摘録の証拠によつて、右事実を優に認定することができる。

尚前示証拠により、起訴状記載のうち、被告人が同月五日稲垣の連絡により京都市下京区朱雀分木町京都魚市場株式会社に赴き、同所より同区七条通り坊城西入る八条観音寺町一番地株式会社天野商店迄前記逢坂清文の運転する貨物自動車に同乗して、賍物たる煮干の残り二百貫四百匁をその情を知りながら運搬した事実が認められ、この事実も前同様の理由で賍物運搬に該るというべく、そして、これは高野尾村より横浜市迄運搬した事実と同一方法で、同一賍物を同一目的で運搬したものであるから、両者は包括して一罪の賍物運搬罪を構成するものと看るべきものとする。

しかしながら、起訴状記載のうち、被告人が同月二日横浜市交通検問所で下車した後、稲垣が単独で同月五日迄の間東京都に行き、再び横浜市に引返し、岐阜、彦根市を経て京都市下京区朱雀分木町京都魚市場株式会社迄各地で、煮干を売捌きつゝ、賍物を運搬したとの点は、被告人の占有を離れた後の出来ごとで、被告人の預り知らぬところであるから、被告人の責任において運搬したということができない。従つて、被告人にその責を問うことができない。

尤も右証拠から、被告人が横浜市で下車する際、この貨物自動車を東京都の魚市場につけ同所で落合う手筈であり、若し東京都魚市場で売れぬときは、煮干の売れるところまで運搬する意図があることを被告人も認識していた事実が察知される。従つて被告人は、運転手逢坂清文を通して間接にこの煮干を占有していたと見られないこともないけれども、被告人が下車した後は、同運転手に対する支配が及ばず、これを支配したと見るべき証拠もないから、被告人が、下車した後は、稲垣の単独支配に入り、その指示で運行したというべきである。東京都魚市場で落合うことを約束しても稲垣は運転手に命じて自由に行先を変更し得る状況にあつたのである。従つて被告人が下車した後稲垣が単独で運行した点について被告人にその責を問うことは相当でなく、検察官のこの点に関する所論は、採用に由なきものである。

されば、原判決には、何れもその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかな、前説示前段については、罪となるべき事実を罪とならずと解した法令適用の誤があり、後段については、罪を構成しないと事実を誤認した違法がある。この点において原判決は、到底破棄を免れない。

論旨は理由がある。

以上の次第で、賍物運搬に関する論旨第二審理不尽の点を省略し、右事実は原判決が有罪と認定した詐欺同未遂の事実と併合罪として起訴されたものであるから、これに関する論旨第三量刑不当の点の判断は後に譲り、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条第三百八十二条に従つて、原判決中被告人の関係部分全部を破棄する。そして同法第四百条但し書によつて、次の如く自判する。

罪となるべき事実

一、賍物運搬の事実

被告人は、賍物たることを知りながら、昭和二十九年十一月一日稲垣卯一の依頼によつて、情を知らない逢坂清文に対し、貨物自動車による輸送を依嘱し、その承諾を得て、同日三重県河芸郡高野尾村下り町千百三十一番地青木直壱方において、逢坂清文の運転する貨物自動車に煮干八百七十貫四百匁を積載して同乗した上、同所より名古屋市まで、同市でそのうち三十貫を降し、残八百四十貫四百匁を同市より東京都に向う途中横浜市交通検問所において下車するまで運搬し、更に同月五日稲垣卯一の連絡により京都市下京区朱雀分木町京都魚市場株式会社に赴き、稲垣卯一が各地で売捌いた残り二百貫四百匁を積載してある右逢坂清文の運転する貨物自動車を捉えて乗車し、同所より同区七条通り坊城西入る八条観音寺町一番地株式会社天野商店まで接続して運搬し、以て賍物の運搬をなしたものである。

二、詐欺、同未遂の事実

原判示の冒頭記載と第一の(1)(2)の点をここに引用する。

(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 高橋嘉平 裁判官 大友要助)

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